夢 見 (ラバヒルSSSvv)
 


その背中が、こんなに細いのに強かなのはよくよく知ってたはずだった。
つまらない用事に付き合わさせるための“脅迫”や、
はったりに使う口八丁なんてお手のものな人なのに。
肝心なときに限って、何の威光も笠に着ず。
その身一つで押し出す鷹揚さが、そりゃあ頼もしい彼であり。
何かと大変な実情を知れば知るほど、
だから寄ってくんなと言えば言うほど、
離れないよと我を張った僕は、もしかしたら。
誰より一番、ヨウイチのことを困らせてたのかもしれないね。


  ―― カナダのな、支社へ修行に行ってこいとさ。


子供に自分の仕事を押し付けるような親じゃない。
ただ、俺のほうで断らなかっただけ。
今度新しい支社をフィンランドだか北欧のほうへも作る構想があるとかで。
信頼のおける即戦力を支部長に置きたいらしい。
ネットでのデイトレだとかで儲けてるとか、
株と世界情勢だの何だのへも詳しいってのは、特に隠してもいなかったこと。
それを役立てて欲しいと言われちゃあなと、
静かな声で紡いだ妖一へ、

 「………そうなんだ。」

何の話か判らなかったのが、具体的なあれやこれやで肉づけされるうち、
どんどんと胸に迫っての苦しくなった。
ちょっと留学してくるというよな、
半年とか数年単位のレベルの話じゃないんだってことがよくよく判って、

 それで。

 これは、相談でも報告でもなく、
 決定事項の宣告なんだと。

 僕には何の決定権も、すがって引き留める資格もないってことが、
 今更ながらに ようよう判って。


 「ヨウイチは英語もペラペラだし、専門的な駆け引きも得意だし。
  そうだね、きっと物凄い即戦力になるだろね。
  お父さんたちには百人力の助っ人になれるんじゃない?」


ああ、勝手にあれこれと台詞が出て来る。
ちょっと待て、
これって一昨日まで苦戦してた、ドラマの中の台詞じゃないか。
オフィスものに初挑戦とか言われて、
でも、社会人の匂いがしないって言われ続けてて。
そしたら、

 『ば〜か。新入社員の役なら、そんで良いんじゃんか』

ヨウイチがそんな言ってくれたから、外野の声も聞こえなくなって頑張れた。
いつだって頑張れる支えをくれたのはヨウイチで。
僕は…何かヨウイチの役に立てたことってあるのかなぁ?
そんな覚えが一つも出て来なくってさ。
これじゃあ、もうそろそろ自立しなって、
お尻叩かれても仕方がないよねって。
そんな風に思ったら、何だか…目の奥がつきつきして来て。
それと呼吸が苦しくなって来て。




  ◇  ◇  ◇



 「…ば。桜庭、起きな。おら、聞こえてっか? 桜庭っ。」

一気に目が覚めた…はずが、依然と続く息苦しさに頭が混乱する。
視界の片側だけがぼんやり明るくて。
ああ、サイドランプ点けたのか。
あれ? おかしいな、なんではっきり見えないんだろ。
アイウェアの素通しメガネ、かけたまんまで寝ちゃったとか?
そんなこんなにグルグルしているらしい桜庭の頬へ、

 ぺちり、と。

少し冷たい何かが触れた。
ひゃっと総身を震わせると、

「オーバーだっつうの。」

水で濡らしたらしい手で、蛭魔が撫でてくれただけ。
そのままその手を肩へとかけるものだから、
ああそっかと応じてのこと、引っ張られるようにして身を起こせば、
途端に、目許から頬へと零れるものがあって。

「寝ながら泣くと窒息すんぞ?」

俺には覚えがねぇけどよ、
花梨が夜泣きして鼻詰まらせちゃあ大騒ぎんなったって、
冴子姉ちゃんが言ってたと。
絞ったタオルをほれと差し出す彼であり。

「…ん。」

ああそっか。夢を見てたんだ。
やっと現実に追いついた途端に、情けないなと肩が落ちる桜庭で。
せっかく昨夜は、久々に大好きな人と過ごせたのにね。
そこに埋もれて眠ってくれてたのだろう懐ろの深み、
戻って来てもぞもぞし、位置が落ち着いたのを見下ろした恋人さんの。
大きめのパジャマの襟ぐりの間際には、
白い肌に滲んだ椿の花びらみたいな跡があって。
残すなつっただろうがと叩かれたけど、
あんな甘い声を聞かされちゃあ、途中でなんか止まらないようと、
そんなお馬鹿な、でも幸せなこと、
思っての やに下がりながら寝入ったのにね。


 「で? どんな超大作な夢を見たら、自分の涙で溺れかかれるもんなんだ?」
 「………えっとぉ。」


桜庭が下手な言い訳で誤魔化したところで、
脅迫手帳へ傅かせた奴隷たちの泣き言を聞き馴れている、
百戦錬磨の悪魔様には意味はなく。
結局、覚えているだけを全部、お浚いさせられた。
途中途中で曖昧になりかかったところまで、
きっちりと思い出さされたもんだから、
ますますのこと忘れ去ることが出来なくなっちゃったようと、
とんだリプレイへ、天下の二枚目が泣きそうなお顔になっていれば。

 「…ふ〜ん。」

今度は蛭魔の方が、ちょっぴり曖昧な声になる。
少し寝乱れている金の髪が、
大きめに開けていたパジャマの胸元へ当たってくすぐったい。
それでなくとも、
出先から此処へ帰ってすぐ、一緒にシャワーを浴びた身だから、
日頃のつんつんと尖ったところは、シャンプーで洗い流されての残っていない。
柔らかい猫っ毛だから、軽いんで整髪料でも立たせやすいんだよと、
何だか妙な理屈を言っていて、でも。
こうやって降ろしているときは、桜庭にいくらでも触らせてくれる、
そんな金髪を見下ろしていれば、

「子供に自分の仕事を押し付けるような親じゃねぇ。」

ぽつり、呟いたヨウイチであり。
ここまでは夢の中で言ってたことと同んなじで、ただ。

 「アメリカへはどうせ行くんだ。」
 「あ…。」

もっと小さな、でも、揺るがない語調で。
そうと続けた彼であり。
自分の望みのほうを…アメフトを取ったとしても、
結果として最終的に目指すのは本場アメリカ。
となると、どうしたって日本からは離れる身となるつもりの彼であるらしく。

 「…。」
 「ヨウイチ。」
 「…。」
 「僕、ずっと一緒にいるからね。」
 「…。」
 「ずっとずっと傍に居るからね。」

いつの間に、こんなにも体格差が出来たのかな。
背丈はもともとから差があったけれど、
腕の中、少し俯いてる妖一が。
何だかとっても小さく思えたのは初めてで。

  でも…。

  「ずっとってのは、ヤだな。」
  「…え?」
  「ウザいっ、てのかよ。」
  「ヨウイチ?」

そりゃあさ、頬染めて含羞んでくれるとまでは思ってなかったけど。

「いや、なの?」
「おお。いや、だな。」

見上げて言わないのは強がりな嘘だから?
そんな自惚れたことを思っていたらば、

  「呼んだら必ず来る方がいい。」
  「…あ。」

やっぱりお顔を上げない妖一だったけれど。
その、尖った耳の先が、
仄かに赤くなったのが、乏しい明かりの中でも判って。

  「ケータイに必ずワンコールで出るとか、
   メール送ったらその日のうちに返事が来るとかでも良いからよ。」
  「…そんなで良いの?」

うんと。
幼い子供みたいに頷いた妖一が、

  「…でないと、俺。」

何か言いかけてやめたのが、
はっと、桜庭の胸へ何かを揺り起こす。


  「…。」
  「ヨウイチ。」
  「…。」
  「ごめん。」
  「何がだ。」
  「言わないでよかったこと、形にさせた。」
  「…。」
  「僕がしっかりしないでどうすんだよね。」
  「…。」
  「いつもこっちからばっかケータイかけてるから。」
  「…ばかやろ。」

皆まで言わさず、罵倒でさえぎるキミ。
寂しいと思うこと、ヨウイチにだってホントは、
これまでにも何度かあったのかもしれないのにね。
自分に鞭打って、そんな弱音も噛みしめて飲み込んで、
ただただ頑張ってた人なのに。
時に弱音を吐くこちらを、慰めてくれてばかりで、だから。
ヨウイチの方からは、
用件なしのケータイなんて、
掛かって来ないのが当たり前だと思ってた。

  ―― お前、いつだってワンテンポ遅れて察しがいいんだよな。
      何だよそれ。

「だから。」

鈍感なままでなし、
こやって気がつくといきなりどんと深くまで察しがよくなるのが

「むかつく。」
「うう…。」

そんな言い方をしながらも。
顔を上げぬまま、
こちらの胸元へとくっついたままでいてくれる。
さらりとした暖かさが、やさしくて嬉しい…だなんて、
腑抜けたことを言ったらきっと、
いきなりテンション上げて怒るだろからと黙っていると、


  「ま、そんななぁ、まだ先の話だがな。」


くすり、微笑って。長々とした吐息をついて。


  ―― あ〜あ、まだ4時だぜ? 二度寝だ、二度寝。
      あ、うん。ごめんね。
      罰として朝飯はBLTな。
      うん。あ、ハムチーズトーストって言ってなかった?
      〜〜〜、気が変わった。


さては忘れてたなとツッコメば機関銃がお出ましする、
いつもの調子へ戻ったところで、


  も一度のおやすみなさいを、どうか堪能して下さいませvv





  〜Fine〜  07.11.11.〜11.12.


  *ベッドで起きぬけというのが定番になりつつある、ウチのラバヒルですな。
   筆者が実は、
   いつまでもぐだぐだ寝てたい怠け者だってのが反映されているのなら、
   困ったことです、はい。(ホンマにな。)


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